継承される食文化から学ぶ食育とは?日本の食文化を簡単にまとめました

約 1 分

日本の食文化の特徴とは

日本の気候は温暖かつ湿潤であることから「水田稲作」に非常に適した環境です。お米は日本の主食ではありますが、実は縄文時代に朝鮮半島から伝わったといわれています。

しかし、飛鳥時代に肉食の禁止令が出たことをきっかけに、米と魚が発展し始めます。これにより動物性たんぱく質の摂取が困難になったため、これらを得るために水田漁業が発達したのです。刺身などの生魚を食べるといった独特の食文化はここから始まりました。

日本食の歴史

上で挙げた水田稲作は、およそ12,000年前の縄文時代末期に日本の九州へ伝わりました。今では考えられませんが、狩猟以外にもどんぐりの木の実を食料としていたそうです。土器が製作されたのもこの頃で、歴史の授業でも聞いたことのある縄文土器です。これを活用して煮炊きができるようになったのです。

弥生時代に入ると、稲作が本州へと広がります。上に挙げた水田稲作と水田漁業の両方の文化が育ち、お米からは餅やお酒、魚からは魚醤、大豆からは味噌や醤油が作られるようになりました。今でいう加工食品のことです。

飛鳥時代には遣唐使が今でいう中国に派遣され、中国大陸からの食文化が伝えられます。上に挙げた肉食禁止令は、この時代に天武天皇が定めたものなのです。この時代の肉と言えば、馬・牛・猿・鶏・犬のようで、猿や犬も食用とされていたことに驚きました。しかしその一方で、北海道と沖縄は稲作をすることが困難な環境にあったため、鶏や豚を中心とした肉の文化が広まりました。

奈良時代に入ると、今では食事の基本とされる箸を使い始めます。

平安時代には貴族のもてなし料理である「大饗料理」が広まり、年中行事が催されます。大饗料理は、生物や乾物を切って偶数分並べ、塩や酢をつけて食べるというものをいいます。

鎌倉時代に入ると、僧侶の間で「精進料理」が広まりました。肉食禁忌のために、植物性の材料を駆使して味を濃くするなどし、動物性の料理に近づけた料理です。

室町時代には武士の間で「本膳料理」が広まり、昆布と鰹を使用した出汁がとられるようになりました。本膳料理は、今の和食の配膳形式の始まりです。

安土桃山時代には、茶の湯と呼ばれる今でいう茶道が発展し、それに伴って懐石料理が生まれます。これにより一汁三菜が生まれました。

江戸時代には料理における知識や技術が料理本として世に出回るようになり、料理茶屋と呼ばれる現在の割烹や高級料亭が現れ、さらに東京の旧称「江戸」の屋台には、握り寿司や天婦羅が置かれるようになりました。

明治時代に入るとついに肉食解禁が打ち出され、牛鍋が大人気に。西洋料理屋が始まったのもこの頃からで、大正時代には広く普及しました。また、女子校において調理授業が行われるようになり、新しく調理学校が設立されました。

昭和時代に入るとミルクとパンが主体の学校給食が始まり、電気冷蔵庫、都市ガスの普及、スーパーの登場ファミレス等のチェーン店も全国各地に広まりました。

和食が無形文化遺産に

新鮮な山海の幸を使用した美しい盛り付けや栄養バランスに優れた日本の和食が世界中から注目を集め、2013年には和食を日本人の伝統的な食文化であるとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

このように、日本の食文化がいかに伝統的であるかがわかります。この食文化を知り、大切にすることは、重要な食育活動といえるでしょう。

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